山梨学院パブリシティセンター
 
山梨学院高・大スケート部、国内外の大会で躍動
〜国体少年ショート塩川(弦)優勝、女子田中3位〜
〜ユニバ男子スピード大林銀、女子ショート中野銅〜

山梨学院高・大学スケート部が「第72回国民体育大会冬季大会」、「第28回ユニーバーシアード冬季大会」で躍動した。1月27日から1月31日まで長野市ビッグハットで行われた国体冬季大会スケートショートトラックで山梨学院高校の塩川弦太(3年)がショートトラック少年男子1000mに出場、初優勝を飾った。ショートトラック少年女子500mでは田中冴実(3年)が3位と健闘した。また、1月29日から2月8日にかけてカザフスタン・アルマティで開催されたユニバーシアード冬季大会で2月3日に行われたスピードスケート競技男子10000mに出場した山梨学院大・大林昌仁(4年)が銀メダル、日本代表メンバーの一人として臨んだチームパシュートも銀メダルに輝いた。2月7日に行われたショートトラック女子1000mに出場した中野あやめ(1年)が銅メダルを獲得し、初の国際大会で表彰台に上った。中野は直前の国体でも成年女子1000mで3位になっている。今回のアクティブは両大会で活躍した4人に大会の様子などを聞いた。

◆国体冬季大会スケートショートトラック少年男子1000mで塩川弦太優勝
 ショートトラック少年女子500m、田中冴実3位表彰台

塩川弦太(しおかわ ふさと 18歳 山梨学院高校3年 ショートトラック)
静岡県・富士宮市立第4中学校出身 家族は両親、本人、弟の和音、妹の5人家族。
「最初は余裕もあったのですが、最後の3周は一杯いっぱいでした。1位取れるかも知れないと心のどこかで思っていたのが、ここで落としたらまずいという気持ちが強かったです」と国体1000mでのレースを振り返った。塩川選手は得意の先行逃げ切りのレースを仕掛け、悲願の優勝を飾った。昨年の大会で3位と表彰台を逸し、世界ジュニア選手権に出場できなかった悔しさをスケートに乗せて滑った。ゴールした瞬間を「『やった!』という思いと、めちゃくちゃ足に来ていたので『きつかった』という思いでした。今までスケートしてきて全国規模の大会で優勝をしたことがなかったので特別に嬉しかったです」と笑顔を見せた。

塩川選手の出身は、静岡県富士宮市。地元のスケートコーチに進められ小学校高学年から始めたスケートだったが、練習していたリンクで事故があったことで使用できなくなり、練習場所を探していたところ小瀬スケートリンクを紹介され、それをきっかけに通うことになった。練習日には父親の送迎で富士宮市から中学まで通い続けた。中学の時には思い通りの結果は残せなかったが、山梨学院高に入学後頭角を現し、昨年高校2年の国体で500m2位、1000m3位の成績を残した。スピードスケートでも1月21日に行われたインターハイ男子1000mで9位となり、8位入賞は逃したが健闘した。現在はスピードとショートトラックの二足のわらじを履いているが、進学する山梨学院大では、ショートに専念するという。来シーズンの目標は、今年逃した世界ジュニア選手権に出場することを一番に挙げている。将来は「5年後のオリンピックが開催される時に世界で戦えるレベルまで強くなっていたい」と夢を抱いている。

田中冴実(たなか さえみ 18歳 山梨学院高3年 ショートトラック)
長野県・茅野市立長峰中学校出身 家族は両親、姉、本人の4人家族。
田中冴実選手の得意種目は長距離の1000m、1500mと言う。3位に入賞した500mのレースでは「自分の得意種目ではなく、さらにアウトコースのスタートで最初は付いて行くことで精一杯でした。前の選手が抜きに掛かろうとしたのを失敗して、自分がうまくかわし3着に入れた感じでした。本当でしたらスタートで前に出て、いい位置にいれたら良かったですけど、結果的には国体で表彰台に上がったのは初めてなので嬉しかったです」と表情を和らげた。塩川選手と同じくスピードスケートもこなす田中選手は「ショートの練習は1週間ほどしかできなく少し不安があったのですが、滑りは悪くなかったのが良かったです」と納得した。

田中冴実選手がスケートを始めたきっかけは、姉の影響で保育園園児の頃からスケート靴を履いたという。大会に出るようになったのは小学低学年。当初は成績も良かったが、その後スピードもショートも伸び悩み、先に山梨県の高校に進学していた姉に、スケート環境の良い山梨学院高校を進められ、スケート留学を決めた。しかし、田中選手も二束のわらじを履いて競技を続けてきたものの結果が出ず、ショート中心に戻し「最近ようやく入賞できるレベルまで上がってきた」と手応えを感じ始めた。山梨学院大に進学する田中選手は、来シーズン塩川選手同様に世界ジュニア選手権出場に照準を合わせている。「次のオリンピックは今の実力では間に合わないので、その次を目指します」とさらに先を見据えている。
山梨学院大に進学する二人の共通する最大の目標はオリンピック。その時23歳の伸び盛りを迎える。厳しい試練を乗り越え、努力し切磋琢磨することで夢が現実に形を変える。

◆ユニバーシアード冬季大会、スピードスケート男子10000m大林昌仁銀メダル
ショートトラック女子500m中野あやめ銅メダル

大林昌仁選手(おおばやし まさひと 22歳 現代ビジネス学部4年 スピードスケート)。長野・佐久長聖高出身 家族は祖母・両親と兄・姉・本人の6人家族。
スケート選手だった父親に連れられ小学低学年から始めたスケート。全中で優勝、高校ではインターハイや世界ジュニアなどで活躍し、地元の先輩のいる山梨学院大に進学した。5000m、10000mを得意とする長距離のスペシャリスト。昨年の11月に長野・エムウエーブで行われたワールドカップ第2戦5000mで19位ながら自己記録を2秒近く上回る6分35秒11を記録し、ユニバーシアード冬季大会の出場権を獲得した。出発前、今回が初めで最後のユニバーシアードに懸ける思いを「出る種目はメダルを獲得して帰ってきたい」と決意を語っていた。初めに出場したのは大会2日目、5000mは4位に入ったが表彰台は逃がした。しかし、この結果で10000mに出場し、銀メダルを獲得した。雪の中の悪条件で行われたレースを大林選手は「5000mが終わった日に監督が合流し、監督に『10000mは自信を持って滑れ』と言われ、今年は5000mよりも10000mで自分でもいい感覚があったので、3番狙いで行きました。自分の2つ前に韓国の選手が滑っていて、その選手が3番の基準タイムだったので、そこを追っていくレース展開でした。最後にペースを上げていく自分らしいレースができ、メダルを取れて良かった」と振り返った。4月から社会人になる大林選手に、来年の平昌五輪に向けて「5000mのスピードをつけていけば他の距離にも生きてくるので来年に向けての課題は見えてきました。練習のための練習にならないように常に12月のオリンピック選考会を意識した練習をしていきたい」と意気込みを語った。最後に後輩に「先輩が築いてきた伝統に、さらに山梨学院の名を上げるため頑張ってきました。4年で主将になり後輩たちにも伝えてきたつもりでしたが、スケートに対する取り組みに甘いところがあり、もっと山梨学院の名を背負う気概を持って欲しい」と注文を付けた。

中野あやめ選手(なかの あやめ 19歳 法学部1年 ショートトラック)
群馬県・山梨学院高出身 家族構成は両親と姉・本人の4人家族。
中野あやめ選手はスケートの盛んな群馬県出身。小学生の頃からスケートを始め、中学と競技を進めてきた。高校は、本人の希望で施設や指導者などの良い練習環境を求めて山梨学院高校に進学した。高校2年の時にワールドカップにジュニア枠から日本代表に選出されるなど将来を嘱望されている。インカレでは1500m2位、1000m3位と実力を発揮しチームに貢献した。ユニバーシアード選考会では総合5位となり、1年生で初出場を勝ち取った。1月31日の国体成年女子1000mで3位になった翌日の500m決勝レースで転倒、負傷して乗り込んだユニバシアードは、怪我が癒えぬまま出場した。2月7日に行われたスピードスケート・ショートトラック女子500m決勝に出場した中野選手は、4番目でゴールしたが3位で入った選手が失格となり、繰り上がりで銅メダルを獲得、国際大会で初の表彰台に上った。中野あやめ選手は「付いて行くのが精一杯で銅メダルは自分の実力以上のものだと思っているので、運が良かったです。まだ世界で戦えると思ってなく、一本でも多く滑ることを目標に出場したのでメダルを取れたのは嬉しかった」と照れ笑いを見せた。準々決勝・準決勝で同走の2選手が転倒し、幸運にも決勝に進出し、勝ち得た銅メダルは格別なものだった。来シーズンに向けての意気込みを聞くと、「オリンピックイアーなのでどの選手も調子を上げてくると思うので、国内でも勝つことが難しくなるが、しっかりと実力で成績を残したいです。インカレでも優勝を目指します」と話し、「まずは、日本のトップクラスの選手と切磋琢磨してワールドカップに出場できる選手になってから、次のオリンピックを考えます」と控えめに語った。

文・カメラ(K.F) 2017.3.3

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