山梨学院パブリシティセンター
 
プロ野球巨人から育成ドラフトで指名
山学大野球部初優勝に主将として貢献

田中貴也(たなか たかや)さん 法学科4年 1992年8月27日生まれ 22歳 京都府・園部中〜沖縄・八重山商工〜山学大 身長178cm、体重80s、右投げ左打ちの強肩捕手。京都府南丹市出身だが、2006年夏の甲子園を湧かせた伊志嶺吉盛監督率いる日本最南端の高校八重山商工の伊志嶺野球に憧れ高校時代は石垣島で過ごす。甲子園には出場できなかったが、高橋一三前監督と伊藤彰現監督が石垣島に渡りスカウト、山学大では1年春から正捕手として高梨裕稔投手らを好リードで支えチームの7季連続Aクラスに貢献、今年は主将として春のリーグ戦で関甲新リーグ初優勝を達成、打率394でベストナイン獲得(秋季リーグでも獲得)、初出場した大学選手権では福井工大に2-3で惜敗したが、自身は全4打席出塁(2安打2四球)と全国大会でアピールした。捕ってから投げるまでが速く、二塁到達タイム2秒前後を計測、攻守にバランスの取れた好捕手。ドラフト会議で巨人から育成ドラフト3位で指名される。

田中選手には3人の恩師がいる。最初の恩師は八重山商工の伊志嶺吉盛監督、熱血監督のスパルタ野球で心と体が鍛えられた。あとの2人はその石垣島に渡り、彼の才能を見抜いた高橋一三前監督と伊藤彰監督。山学大入学後は2人から野球以上に人としての心構えを教えられた。暑かった昨年の夏、いつも声を荒げず静かに諭す監督が体調を崩されていることは選手全員が知っていたが、高橋監督は猛暑のグラウンドにずっと立ち続けた。その秋病床に伏し、春に監督を伊藤彰コーチに譲り顧問になられた。田中にはあの夏の日の恩師の姿が目に焼き付いている。山学大野球部創部初の関甲新野球リーグ優勝、初の大学選手権出場は、伊藤彰監督と田中貴也主将以下野球部全員が、恩師への恩返しに燃えてつかみ取ったものだった。その高橋顧問は大学選手権福井工大戦を東京ドーム内野席で奥様とともに見守られ「ここに連れて来てくれた選手に感謝したい」と述べた。「高橋一三前監督 と伊藤彰監督が石垣島まで来てくれて山学大に入りました。高橋前監督からどんなに苦しくても弱音を吐かないことを体で教えて頂きました。前監督のご縁もあって巨人軍が声をかけてくれたのだとも思います。厳しい世界ですので何年も待ってはくれない、1年1年最後だと思って1日1日頑張り結果を出して行きたい。何度も壁にぶつかると思いますが、一軍で活躍できる選手になりたいですし、野球人としても、人としても尊敬されたり応援される選手になりたい」。京都・南丹波に生まれ、石垣島に渡り、山梨で育った若武者は、恩師への感謝と熱き心を胸にプロの世界に飛び込んで行く。

文(M.T)カメラ(平川大雪)2014.11.3
田中貴也選手アルバム

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