山梨学院パブリシティセンター
 
勉学と考古学に励み甲斐市職員に採用
主務としてスケート部を支え福島県警

3月は旅立ちの季節、青春時代の4年間を酒折のキャンパスで過ごし、間もなく社会に旅立っていく4年生の中から、部活や研究に励んだ人たちを“シリーズ旅立ちの時”として=ACTIVE=で紹介する。第1回は、甲府城石垣の石切り場発見など考古学研究会のメンバーとして勉学と部活に励み、甲斐市役所に採用された大柴俊太郎さんと、スケート部のマネージャーとしてインカレ女子総合4連覇と男子21年ぶり3位躍進を縁の下で支え、故郷の福島県警に警察官として採用された松尾健治さん、2人の公務員採用者を紹介する。


大柴俊太郎さん(おおしば しゅんたろう)さん 平成3年7月14日生まれ 法学部法学科4年 高根中〜甲陵高〜山学大 身長186cmの長身 甲府城石垣の石切り場と矢穴石の発見、酒折連歌の路調査、水晶鉱山調査、甲斐の古道調査など、山学大考古学研究会の部員として精力的に活動。開口一番「就職できたのは、就職キャリアセンターのおかげです。公務員講座でご指導して頂いた井藤先生、冨永先生の教えが甲斐市の試験の時にびっくりするほど全部出ました。144人が受けて行政職採用18人の中に入ることが出来ました。決まったのは12月25日で最高のクリスマスプレゼントを頂きました」と喜びを表現した。小学校の時はサッカー少年、中学の時は吹奏楽部でトランペット、大学合 格とともに考古学研究会に入部した。スポーツと音楽を愛し、勉学と部活に励んだ大柴さんの一番の思い出は「矢穴石の発見です。学生チャレンジの成果として広報スタジオでマスコミ各社に発表した時の高揚感は今も鮮明に記憶に残っています」と話す。「自分は高校生の時から将来は公務員になりたいと思っていましたので、法律の知識が必要だと思い法学部を選びました。高校の授業では法律の勉強はまったくなかったので、最初は何をどう学んでいいのかも分からなくて戸惑いました。講義について行くのがやっとでしたが、勉強が役に立つのはこれからだと思います」と部活と勉学に励んだ4年間を振り返った。これから就活する下級生に対して「考古学研究会という、ちょっと変わった研究会にいて、N PO法人の人たちとも関わったことが、面接の時に有利に働きました。部活に励んで個性を作ることと、とにかく就職キャリアセンターに早くから通うことをお勧めします」と後輩たちにアドバイスしている。
 
参考資料「ニュースファイル・甲府城石垣の石切り場


松尾健治(まつお けんじ)さん、平成4年1月18日生まれ、法学部法学科4年 福島県出身 郡山市立熱海中〜郡山北工〜山学大 高校時代はアイスホッケーの選手だった。高3の時にスピードスケートでインターハイに出場し好記録、顧問の先生の勧めで山学大に進学した。1・2年は選手だったが、3年になる時に部内投票でマネージャーに任じられた。「ショックで退部しようと思い、川上監督に申し出ました。あの時の監督の説得がなかったら、やめていました」というほどマネージャーになるのは嫌だった。「最初は選手との距離を縮められず悩み、3年の時はマイナスの評価でした。4年になってチームをまとめなければという思いが強くなり、世界を狙える高橋や大林らチーム全員のためにや れることは全部やろうという気持で取り組みました」と振り返る。そのマネージャーをやっていたことが就職面接で最高の評価を得た。就活を始める時に、大震災を受けた故郷の人たちの役に立つ仕事に就きたいと考えた。20社ぐらい受け、3社から内定をもらった上で福島県警を受けた。その福島県警には524人が応募、「1次試験で落ちると思ったがまさかの248人の中に入り、2次の面接・体力テストでまさかまさかの72人の仮採用枠に入りました。本採用は成績順と聞き、自分はビリ採用だろうから、駄目だろうと思いながら、福島県人事委員会の情報公開を閲覧させて頂いたら8番目だと分り、ものすごくびっくりしました」と話す。人のために、チームのために懸命に働いたマネージャー松尾健 治の人柄を福島県警は見逃さなかった。選手としては果たせなかった“ベスト8”という勲章を社会人の出発点で頂いた。「福島のために働けるので、これまで支えて下さったスケート部や全ての人に感謝する気持ちを胸に、地域のために働きたい」と社会人としての思いを膨らませている。
 
松尾健治さんアルバム
文(M.T)カメラ(平川大雪)2014.2.18

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