山梨学院パブリシティセンター
 
育成ドラフトでジャイアンツに入団
山梨学院の先輩松本哲也選手に続け

雨宮 敬(あめみや たかし)投手、1987年7月6日生まれ、24歳、笛吹市石和町出身、石和南スポーツ少年団で小3から野球を始め、石和中から山梨学院高に進学。山梨学院高時代の雨宮投手は1年秋からエースとしてマウンドに立った、3年の夏は決勝で敗れ甲子園出場はならなかった。山梨学院大時代の雨宮投手は1年からレギュラー入りしエースとして活躍「3年の関甲新学生野球春季リーグで作新学院大を相手にノーヒットノーランを達成させたことが一番の思い出」と話す。昨年から独立リーグ新潟アルビレックスBCに所属、10月の育成ドラフトで巨人から5位指名。右投げ右打ち、家族は祖母・両親・弟・妹。
 
身長174cm、現在の体重は87キロ、がっちりした体格から「どんなバッターにも思い切り腕を振って、強気で向かっていく」右投げの本格派。球種は、ストレートを主体に、カーブ、スライダー、シュート、チェンジアップ、フォークを投げ分ける。新潟アルビレックス入団後は、中山大投手コーチの指導の下で、ウエートトレーニングを重ね筋力アップを図り、投球フォームの改善に取り組んだ。大学時代は83sだった体重が87sに増え、最速144キロだった球速は149キロまで伸びた。フォークの切れ味に磨きがかかり一段と成長、今季エースとして11勝を上げ、上信越リーグ初優勝に貢献、巨人軍スカウトの目に留まった。
 
ドラフト会議のあった10月27日は、新潟県長岡市の自宅で、携帯電話で速報を確認していたが育成3位までに名前が挙がらなかったため「だめだった」とあきらめた。その数分後にアルビレックスから「5位で指名を受けた、6位指名された渡辺貴洋投手(18)とともに巨人だ」という連絡を受けて驚いた。電話連絡した両親は、ともに電話口で泣きながら「よかったね」と喜んでくれた。実家は笛吹市石和町の「食事処あめみや」。父の弘さんは、塩山商業(現・塩山高)時代に甲子園に出場した元高校球児。父の後を追った少年は、真面目に謙虚に一筋に努力を重ねて青年となり、子供の時から抱き続けた夢"プロ野球選手"を実現させた。
 
母校を表敬訪問した時に、ともに元プロ野球選手の高橋一三監督(左)・伊藤彰コーチ(右)と握手を交わし活躍を誓った。3年前に1年間雨宮投手を指導した巨人X9の左腕エース高橋一三監督から「プロ入りすると、早く1軍入りしたいと気負うが、まずは故障しない体を作ることが大切、焦らないで自分の形・自分のペースをしっかり持って取り組むように」とアドバイスされた。元ヤクルトの伊藤彰コーチからは「甲子園に行けなかった悔しさを持って大学で頑張り、アルビレックスさんに育てて頂いた。同じアルビレックスに進んだ昨年の4番高橋将前主将や大学の後輩たちが目標にする選手になるように」と送り出された。
 
山梨学院からの12球団入りは、高校としては同じ育成枠で巨人入りし新人王を獲得した松本哲也選手やダイエーの明石健志選手らに次ぐ11人目。大学としては巨人と楽天に入団した川口寛人・川口隼人双子兄弟に次ぐ3人目となる。育成枠の選手が出場できる公式戦は、二軍の試合に限られる。今後は支配下選手登録を目指すことになる。背番号は三桁の021、「育成ですから厳しいことは覚悟しています。これより落ちることはない、下から這い上がるだけです。オープン戦で2軍の選手には同等に投げられた、その上に通用するようにしっかり練習して東京ドームで投げたい」。努力を重ねなければ夢は実現されない、いばらの道であることは覚悟している。きりっとした目でしっかり前を見つめ、階 段を一歩一歩上がって行く。
文(M.T) カメラ(平川大雪)

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