山梨学院パブリシティセンター
 
柔道世界選手権2010東京大会で金メダル
決勝戦でライバル福見友子選手に勝ち世界一

山梨学院の時の人・話題の人物を紹介するシリーズ企画=ACTIVE=。第2回は山梨学院大学柔道部の浅見八瑠奈(あさみ はるな)選手。52年ぶりに東京で開催された柔道の世界選手権女子48kg級に日本代表として出場。準決勝で北京五輪金メダルのドゥミトル選手(ルーマニア)を小外刈りで下すなど1回戦から準決勝までオール1本勝ちで決勝に進出、常に自分の前に立ちはだかり、海外で勝つより国内で勝つ方が難しかった最強のライバル福見友子選手との日本人同士の決勝戦に勝利、初出場で世界一の金メダルを獲得する快挙を成し遂げた。(大会の模様は「ニュースファイルVOL1116号〜浅見八瑠奈(48s級)が輝く世界チャンピオンの快挙〜」に掲載)




浅見八瑠奈選手は、1988年4月12日生まれの22歳、愛媛県伊予市の出身、愛媛新田高校から山梨学院大に進学し現代ビジネス学部で学ぶ4年生、身長153cmの小柄な体にパワーとスピードを秘めた努力家の柔道家。父親の三喜夫氏(51歳)は、新田高校柔道部監督でロサンゼルス五輪日本代表選考会に優勝しながら、オリンピック出場を果たせなかった逸話を持つ。姉も弟(帝京大3年)も柔道に取り組む柔道一家に生まれた。自分でははっきり記憶していないが、3歳の時にはもう叔父が主催する道場で柔道を始めていたという。小学生の時にオリンピックに挑み続ける谷亮子選手に憧れを抱き、いつかは自分も谷選手のようになりたいという夢を抱いた。高2の時に西田総監督・山部監督に声をかけられ、1日だけ大学の練習に参加。稽古に励む先輩の姿勢や2人の指導者の熱い指導に一目惚れ、ここで稽古に励めば私は日本一になれると山学大に進学した。

浅見選手は世界一の金メダルを胸に15日に帰校、古屋忠彦学長に優勝報告を行った。古屋忠彦学長は「山梨学院の柔道はまだ新興というイメージがあるが、今年女子が3回目の団体優勝をした。やっと一人前の評価を受けるようになり、今度は世界一、本当に感動した」と大健闘を称えた。そのあとに行われた記者会見で西田孝宏総監督は「山梨学院に赴任して15年目になるが、当初に学生チャンピオン・世界チャンピオン・オリンピックチャンピオンの3つの夢を抱いた。チームが3回目の学生チャンピオンになった年に、浅見が世界チャンピオンになってくれて感無量です。最終目標のオリンピックに行って金メダルを取ってほしい。これに奢ることなく努力を重ねてほしい]と語った。山部伸敏女子監督は「4月の全日本選抜柔道体重別選手権で準優勝して世界選手権出場を決めた。世界ランキング2位で大会に臨んだが、福見選手に勝たなければ日本一になれない。世界一より日本一になる方が難しい階級、どうしたら勝てるか、同級生の濱口光が稽古台になってくれて、組み手を中心に研究して大会に臨んだ」と舞台裏の努力を披露した。浅見八瑠奈選手は「初めての世界選手権出場でしたが、絶対にこのチャンスは逃せないと思っていたのでとても嬉しいです。福見さんとの試合では組み手にこだわらずに、接近戦で積極的に攻めたのが良かったと思います。ここまでの道は厳しかったですが、たくさんの方に支えて頂いてこの場所に立つことが出来ました。私の階級には福見さん、山岸絵美さんがいて、厳しい戦いが続くことは判っています。憧れの谷さんが戻ってきても練習量では負けていないので勝ちたいと思います。来年の世界選手権で優勝して、オリンピックに出場したい」と抱負を述べた。

優勝した夜、愛媛の父からの電話は「おめでとう、やっと並べたということだから、これから頑張りなさい」という言葉だった。卒業後は、父の教え子であり、自分にとっては新田高校の先輩である徳野和彦氏が助監督を務める実業団チームコマツへの入社が内定している。コマツ女子柔道部は、今大会2階級制覇の杉本美香選手や山学大の先輩野中未奈選手がいる強豪チーム。浅見八瑠奈選手にとって"世界一"は夢に一歩近づいただけの通過点にすぎない、2年後に近づいたけれどまだ遠い"五輪一"という夢に向かって、新たな階段を昇り始める。(M.I)
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